笑いの聖地 大阪の夜景

イメージ 1

ごらんの写真は 上方落語の聖地 天満天神繁盛亭です
舞台はヒノキ造りで1.2階の座席数は計216
上方唯一の定席小屋 定席小屋とは毎日公演が行われる小屋の事で昼席 夜席があります
高座から一番後ろの客席までがほんの20m 噺家は身近です

マスコットは天神様にちなみ 小梅亭てんてん

私の知人の小学生3年のお嬢さんが落語のファン
落語の事をたくさん知っておりましてしぐさをまじえ けんめいに演じ人を笑わせます

落語は江戸時代に関西で生まれ発達してきた日本独特の芸能文化です
現在 繁盛亭所属の噺家さん達は幼稚園や小学校 また大学にも出かけまして
落語ファンのすそ野を広げる努力をされておられます
出かけるだけでなく 小学生たちを繁盛亭に招かれることもあるようです

お着物の後ろを帯にはさんで走るさまは「尻からげ」
ところが殆どの学生は「尻唐揚げ」と勘違いされる面白いお話もお聞きしました

繁盛亭の建設着工は2005年 竣工は翌2006年
建設費2億5千万円はなるべく広く集めたいと希い ある1社からの全額負担申し入れは
お断りされたようで 建設費用全額を民間から集める気概は大阪ならば です
建設用地は大阪天満宮のご好意で無料提供されています

写真でごらんの 灯のともるちょうちんには寄付をされた会社名や個人名が書かれています
サントリー 松下電工(現在のパナソニック) NTT 阪神電気鉄道 アサヒビール
よみうりTV 関西TV 毎日放送 吉本興業 小西産婦人科 阪大落研まであります

また繁盛亭の中の天井にも寄付者数千名の名前入りのちょうちんが飾られています
繁盛亭建設への協力感謝を表わしておられるようです

上方落語協会の会長さんの桂三枝さんは去年7月ここで 六代目桂文枝を襲名されました
桂一門の初代は江戸時代から明治時代にかけてご活躍の文枝さん
三枝さんは繁盛亭のヒノキ舞台で 桂文枝さんになられました
三枝さんは大阪堺市のご出身で これから落語発展のため全国をまわられるとのことです

辛かった2011年が終わりました
今年は明るい年でございますように

笑いの繁盛亭です








繁盛亭の正面に 石碑が建てられています
投稿が長くなりまして申し訳なく存じますけれど
書かれておりますこと ごらんいただけますでしょうか
原文そのまま全文です


天満天神 繁盛亭

上方落語の始まりは1700年ごろ
京都に 露の五郎兵衞 大阪に米沢彦八が現れ 神社の境内などで面白い咄を聞かせて見せた
これらは「辻ばなし」とも言われこれが出発点とされる

一時はすたれるが1800年ごろ 大阪坐魔神社で 桂文治が小屋掛けの常打ちの寄席を始め
以来各地で落語専門の常打ちの小屋が出来る

1900年ごろ
上方落語は隆盛を誇るも第二次世界大戦で大阪は焦土と化しすべての落語の定席を失う

2006年6月15日 多くの上方落語を愛する篤志の皆様の淨財で
大阪天満宮 天神橋筋商店街のご協力により
1957年上方落語協会結成以来積年の夢であった定席が明治から昭和にかけて
天満八軒と呼ばれた上方落語に縁の深いここに建立され上方落語の定席が61年ぶりに復活した

4500を超える方々のご厚志に応えるべく さらなる上方落語の隆盛を誓う

社団法人 上方落語協会